赤神神社について
男鹿半島の本山、真山に祭られている赤神は
古くから「漢の武帝」であるとされています。
これは、江戸時代に久保田藩士梅津利忠が撰
した「本山縁起別伝」にあり、ほとんど通説に
なっているものです。 
  
       

「当山赤神は、前漢の孝武皇帝の祠なり。旧記にいわく
景行天皇二年、赤神天より降れり、あるいはいわく、日
本武尊化して白鳥となり、漢の武帝を迎う。武帝は白馬
に駕し、飛車に乗り、赤旗を建て、西王母と此の嶋に至
る。五鬼は化して五色の蝙蝠となりて之に従う。故に蝙
蝠を以って使者となす。時に景行十年冬十月のことなり
。天皇、武内宿禰をつかわして北陸道を巡視せしむ。宿
禰、此の嶋に至り、神異を見てこれを奏せり。
ここにお
いて朝廷皇女をして行かしめ、これを祭る。号して赤神
という。皇女はすなわち赤神明神という(後略)」(原漢
文)また、菅江真澄翁の『牡鹿の嶋風』では「赤神山大
権現縁起」という名称で、さらに鈴木重孝翁が著した
『絹篩』でも「伝記」としてほとんど同じような内容で
記述されています。


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